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2010年8月18日 (水)

退職従業員の競業避止義務はどの程度まで認められるか(最高裁平成22年3月25日)

要旨
 上告人らは被上告人の従業員であったが、退職後、上告人らの競業行為により損害を被ったとして、被上告人が損害賠償を請求した事案の上告審。上告人は、被上告人の営業秘密を用いたり、不当な方法で営業はしておらず、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできないとした例。

事実
(1)被上告人は,産業用ロボットや金属工作機械部分品の製造等を業とする従業員10名程度の株式会社であり,上告人●は主に営業を担当し,上告人■は主に製作等の現場作業を担当していた。なお,被上告人と上告人●らとの間で退職後の競業避止義務に関する特約等は定められていない。
(2)上告人●らは,平成18年4月ころ,被上告人を退職して共同で工作機械部品製作等に係る被上告人と同種の事業を営むことを計画し,資金の準備等を整えて,上告人■が同年5月31日に,上告人●が同年6月1日に被上告人を退職した。上告人●らは,いわゆる休眠会社であった上告人会社を事業の主体とし,上告人●が同月5日付けで上告人会社の代表取締役に就任したが,その登記等の手続は同年12月から翌年1月にかけてされている。
(3)上告人●は,被上告人勤務時に営業を担当していた4社に退職のあいさつをし,そのうち2社に対して,退職後に被上告人と同種の事業を営むので受注を希望する旨を伝えた。そして,上告人会社は,そのうち1社から,平成18年6月以降,仕事を受注するようになり,また,同年10月ころからは,本件取引先のうち他の3社からも継続的に仕事を受注するようになった(以下,本件取引先から受注したことを「本件競業行為」という。)。
 本件取引先に対する売上高は,上告人会社の売上高の8割ないし9割程度を占めている。
(4)被上告人はもともと積極的な営業活動を展開しておらず,特に遠方のものからの受注には消極的な面があった。そして,上告人●らが退職した後は,それまでに本件取引先以外の取引先から受注した仕事をこなすのに忙しく,従前のように本件取引先に営業に出向くことはできなくなり,受注額は減少した。本件取引先に対する売上高は,従前,被上告人の売上高の3割程度を占めていたが,上告人●らの退職後,従前の5分の1程度に減少した。
(5)上告人●らは,本件競業行為をしていることを被上告人代表者に告げておらず,同代表者は,平成19年1月になって,これを知るに至った。

判断
上告人●は,退職のあいさつの際などに本件取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの,本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて,被上告人の営業秘密に係る情報を用いたり,被上告人の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。
また,本件取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に始まったものであるし,退職直後から取引が始まった会社については,前記のとおり被上告人が営業に消極的な面もあったものであり,被上告人と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず,上告人らにおいて,上告人●らの退職直後に被上告人の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいい難い。さらに,代表取締役就任等の登記手続の時期が遅くなったことをもって,隠ぺい工作ということは困難であるばかりでなく,退職者は競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義務を当然に負うものではないから,上告人●らが本件競業行為を被上告人側に告げなかったからといって,本件競業行為を違法と評価すべき事由ということはできない。上告人らが,他に不正な手段を講じたとまで評価し得るような事情があるともうかがわれない。
 以上の諸事情を総合すれば,本件競業行為は,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず,被上告人に対する不法行為に当たらないというべきである。なお,前記事実関係等の下では,上告人らに信義則上の競業避止義務違反があるともいえない。

考察
 退職後の競業避止については、会社から相談を受ける場合もあるし、退職者から相談を受けることもある。本件では、まず、在職中の労働契約の内容として退職後の競業避止の約定がなかったものと思われる。そうすると、退職後の営業活動が不法行為に該当するのはどのような場合か、ということになるが、従前の会社の営業機密を利用したり従前の会社の信用をおとしめる行為などは709条の「故意・過失」を構成する可能性がある。もっとも、それによって従前の会社が損害を受け、その因果関係がなければ不法行為による損害賠償を請求することはできないが、本件では、従前の会社が営業に積極的ではなかったため、従前の会社の業績の低下との因果関係が明らかとなっていない。そうすると、不法行為のいずれの要件も満たさないことになる。
次に、本判決は「信義則上の競業避止義務違反があるともいえない」としているが、「信義則上の競業避止義務」はどのような場合に生じるのか。これについては、種々の事例を検討していくしかないものと思われる。
 このような事態を避けるためには、会社としては、雇用契約などに退職後の競業避止について明確に規定しておくべきであろうが、社会通念上許容される限度もあろう。また、退職者としては、自由に営業活動をするためにはどのように行動すればいいのか、個別のケースごとに検討する必要があると思われる。

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