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2012年4月19日 (木)

相続財産からわずかな金額を葬儀費用に使用した場合と相続放棄の可否

大阪高決昭和54年3月22日の事例は次のようなものであった。
当事者は、被相続人X、妻Y1、子Y2、Y3であるが、Y1とY3はXの暴力などによりXと別居しており、Xと同居していたY2も、Xが自宅を売却したために家を出て行かざるを得ず、その後、Xと音信が途絶えた。

昭和51年に、突然警察から、Y3に電話があり、Xが死亡した旨の連絡があり、遺体は既に火葬されていたので同人の遺骨を貰い受け、警察署から約金二万の所持金と、ほとんど無価値に近い着衣などの引渡を受けたものの、その場で医院への治療費1万2000円、火葬料3万5000円の請求を受けたので、Xの所持金にY3らの所持金を加えてこれを支払った。

その後2年以上後、訴訟が提起されたことによりXは約145万円の債務があることを知った。そこで、Y3らは相続放棄の申述をした。

この判決は、なかなか読み応えのあるものであるので、一度見ておいていただきたいが、取り急ぎ興味がある問題として、相続財産から僅かな金額を葬儀費用に支出した場合、単純承認事由である「処分」にあたるのかについて判旨を見ておきたい。

「古い「家」制度の維持のための相続法では、相続人は、たとえば、旧民法上の法定推定家督相続人のように己れを犠牲にしてでも債務を含めた相続を甘受しなければならず、相続の放棄は相続人の恣意にゆだねられないところであつた。しかし、古い「家」の観念が崩壊し、個人の尊厳とその意思の尊重を基盤とするに至つた現行相続法においては、人は己れの意思に反してまで義務を負わされることがなく、相続の放棄も相続人の自由であるとされ、民法九一五条はすべての相続人に相続の単純承認、限定承認、放棄を選択する自由を与えている。そして、相続の放棄は、初めから相続人とならなかつたものとすることによつて、債務超過ないし債務のみの相続によつて相続人が過大なしかも自ら関与しない債務を負うことによる不利益から相続人を保護しようとするものであり,相続人に認められた選択の自由ないし放棄の自由は相続人の基本的人権にも繋がる重大な事柄である。
 元来、債権者は債務者である被相続人の一般財産を引当としてその債権の履行を強制し得るに過ぎないのであつて、それを越えて相続人自身の財産から満足を受けるというのは全くの僥倖というほかはない。そうであるからこそ、相続人の債権者において、相続人の固有財産と相続債務の混同を防止するため、民法九五〇条により相続人の財産の分離請求をすることが許されており、さらに、相続人が相続債務の債権者を害することを知つていたとしても、なお相続の放棄が許されるのであつて(最判昭四九・九・二〇民集二八巻六号一二〇二頁)、債権者保護に優先して相続放棄ないしその選択の自由を十分に確保する必要があり、これを実質上形骸化するような熟慮期間徒過についての安易な解釈、運用は許容できないところである。」
 
「前示相続の根拠及び民法全編を通ずる個人の尊厳ないしその意思の尊重の要請並びに民法九二〇条の「単純承認をしたとき」との文言に照らすと、単純承認は相続人の自発的意思表示に基づく効果であり、同法九二一条による単純承認の擬制も相続人の意思を擬制する趣旨であると解すべきである。したがつて、とくに遺産が債務のみの場合には相続人が通常この債務を承継してその支払を引受ける自発的意思を有することは稀なことであるから、その債務承継の意思の認定ないし擬制を行なうについては、特に慎重でなければならない。」

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「被相続人の所持金二万〇四三二円の引渡を受けたけれども、右のような些少の金品をもつて相続財産(積極財産)とは社会通念上認めることができない(このような経済的価値が皆無に等しい身回り品や火葬費用等に支払われるべき僅かな所持金は、同法八九七条所定の祭祀供用物の承継ないしこれに準ずるものとして慣習によつて処理すれば足りるものであるから、これをもつて、財産相続の帰趨を決すべきものではない)。のみならず、抗告人らは右所持金に自己の所持金を加えた金員をもつて、前示のとおり遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであつて、これをもつて、相続人が相続財産の存在を知つたとか、債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし、民法九二一条一号所定の「相続財産の一部を処分した」場合に該るものともいえないのであつて、右のような事実によつて抗告人が相続の単純承認をしたものと擬制することはできない。」

どうだろうか。被相続人の金品を使ったから「処分」にあたる、などという単純なものではなく、相続制度の根元から掘り下げて検討されたすばらしい判決だ。

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