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2016年2月

2016年2月17日 (水)

第1章 戸籍制度のあらまし Ⅱ 戸籍制度の変遷 1 戸籍の起源 4 明治31年式戸籍

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 明治31年に新しい戸籍法が施行されたが、これは同年に施行された明治民法の規定を戸籍にも反映するものであり、この戸籍法にもとづいて調製された戸籍は「明治31年式戸籍」と呼ばれている。
 欧米諸国では身分上の事項を記録する身分証書は存在していたようであるが、明治民法では「家制度」が制定され、家族制度を社会制度の基盤としたため、当時の戸籍法では身分関係を登録する身分登記簿と「家」を単位とする家族の組織を明らかにする戸籍簿の2種類を設けることとした。
 もっとも、身分登記簿に登録された事項の多くは戸籍簿に書き写すことになるため、手間暇をかけて2つの帳簿を管理することになったのである。
 ともあれ、明治31年式戸籍及び後述の大正4年式戸籍を読み解くためには明治民法の知識、とりわけ、「家」の概念を理解しておくことが肝要であるため、若干の解説をしておく。

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第1章 戸籍制度のあらまし Ⅱ 戸籍制度の変遷 1 戸籍の起源 3 明治19年式戸籍

 3 明治19年式戸籍

 戸籍の届出義務を定めた「出生死去出入寄留者届方」(内務省令第19号)が明治19年に制定され、出生、死亡、失踪者復帰、廃戸主、廃嫡、改名、復姓、身分変換、その他戸籍に関する事項について届出義務の規定が定められた。届出を怠った者には行政処分を課すこととなった。

 また、同年10月内務省令第22号をもって、「戸籍取扱手続」が定められ、戸籍簿の調整、記載の方法及び戸籍簿の永久保存の原則が定められた。

 さらに、「戸籍登記書式」(内務省訓令第20号)により、本籍の表示方法も改正され、明治5年式戸籍では「屋敷番」を用いていたものを「地番」で表示することとした。

 これらの改革により作成された戸籍を総称して明治19年式戸籍と呼んでおり、現在、閲覧・謄本交付請求することができる最も古い戸籍である。

 明治19年戸籍は、前戸主という項目が新設され、全員につき生年月日が記載されるようになった一方、職業や氏神等の記載が廃止された。

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2016年2月14日 (日)

「ある若手司法書士の活躍」のビデオから本人訴訟を学ぶ in 長野

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 13日(土曜日)、長野市に招かれ、長野県司法書士会北信地区の研修会で「「ある若手司法書士の活躍」のビデオから本人訴訟を学ぶ」と題してお話をしてきました。

 「ある若手司法書士の活躍」のビデオというのは、昔、私が扱った事件を題材にして15年以上も前に日本司法書士会連合会が作成したビデオです。5年ほど司法書士中央新人研修で見てもらっていましたが、平成14年の司法書士法改正により簡裁代理権が付与されたため、本人訴訟をテーマにしたこのビデオが利用されなくなっていました。
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 ところが、昨今、本人訴訟についていろいろと検討すべきことが発生してきているため、本人訴訟のあり方をきちんと学ぶ必要性がでてきています。
 そこで、埃をかぶっていたこのビデオを利用して本人訴訟のあり方を解説する機会が少しずつ出てきたわけです。

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 このビデオは、相談から手続選択、訴訟提起、口頭弁論期日、尋問、判決という時系列で40分ぐらいの物語になっていますが、これを8つ程度に分割して、ビデオを見て、考え、議論をし、解説をするというような流れで研修会を進めています。今回4時間という研修時間でしたが、それでも時間が足りませんでした。欲を言えば、あと2時間ぐらい欲しかったところですが、そんなに長時間になると、話す方も聞く方も疲れてしまいますので、何回かのシリーズものにすることも考えようかと思います。

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 さて、研修会場は長野オリンピックの表彰式が行われたオリンピック・メモリアルパークや善光寺も近く、たまたまその日は善光寺の灯明まつりが行われており、楽しい夜を過ごさせていただきました。長野のみなさん、ありがとうございました。

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2016年2月 7日 (日)

第1章 戸籍制度のあらまし Ⅱ 戸籍制度の変遷 1 戸籍の起源 2 明治5年式戸籍

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1 戸籍の起源

 わが国における戸籍発祥の契機は、西暦645年の「大化の改新」にあると言われている。大化の改新の際に発せられた「改新の詔」(みことのり)は、4カ条の主文からなり、その第3条で戸籍、計帳を作成して人民を管理し、田の貸付管理を行う班田収授法という土地管理制度を作って田の貸付管理を行う制度が策定されたようである。

 これにもとづいて、670年に、全国的な戸籍として庚午年籍が作成されたと言われている。

 以降、平安時代初期まで全国単位の戸籍制度は存在していたようであるが、その後は各地で戸籍類似のものが作られるようになり、全国の統一的なものはなかったようである。

2 明治5年式戸籍

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2016年2月 2日 (火)

同順位の根抵当権の極度額を増額する場合の利害関係人

根抵当権の極度額の変更は、利害関係を有する者の承諾を得なければ、することができないとされており(民法398条の5)、利害関係人の承諾は極度額増額の効力要件であると言われている。

さて、同順位(あ)(い)で各々極度額1億円で登記されている根抵当権について、同日に極度額2億円に増額する場合、(あ)の根抵当権者は(い)の根抵当権者の同意が必要であろうか。同様に、(い)の根抵当権者は(あ)の根抵当権者の同意が必要だろうか。

質疑応答では、次のように回答されている(登記研究433号134頁)。

問 同順位の根抵当権者、甲、乙両銀行が、同時に同額の増額をする場合、甲、乙は互に利害関係人として承諾書が必要でしょうか。

答 必要と考えます。

実質的に利害関係人にあたるかどうかは疑問だが、利害関係人にあたるかどうかは形式的に判断するため、こういう結論になるのだろう。

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2016年2月 1日 (月)

退任・就任か、重任か?

取締役がABC、代表取締役がA、取締役の任期が10年、ABCが取締役に選任されたのは平成22年6月、事業年度は3月末という株式会社があったとする。

このたび、定款を変更して取締役の任期を「選任後2年以内に終了する事業年度にかかる定時株主総会終結の時まで」に変更した。

問1 この定款変更に条件が付されていない場合、この定款変更決議により、取締役ABCは任期満了退任となるが、任期満了日はいつか?

ある人の見解・・・・・・平成24年6月に開催された定時株主総会の日
私の見解・・・・・・定款変更を決議した日(理由 当該定款変更決議は現任取締役の任期を平成24年6月に遡って満了させるという趣旨ではない)

問2 この定款変更の効力発生日が将来の日(仮に4月1日とする)として決議がされた。また、4月1日付で取締役としてA、D、Eを選任するという決議がなされ、A、D、Eは4月1日付で就任する旨承諾した。取締役Aの退任・就任の登記はどのように記載すべきか。

ある人の見解・・・・・・3月31日退任、4月1日就任
私の見解・・・・・・4月1日重任(3月31日退任、4月1日就任でもいいとは思うが)

問3 問2の場合で、4月1日に取締役会が開催され、代表取締役としてAが選定された。代表取締役Aの退任・就任の登記はどのように記載すべきか。

ある人の見解・・・・・・3月31日退任、4月1日就任
私の見解・・・・・・4月1日重任(3月31日退任、4月1日就任でもいいとは思うが)

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